世界を見る目はこうして出来上がった

自分の見ている世界は、自分が「疑えないだけ」と言いましたね。
それはつまり、「どうしようもなく確信してしまう」と言い換えることもできます。

確信してしまうものが「現実」だってことです。


ものが存在する。
自分以外が存在する。

これらは疑いようもありません。


で、ここからが面白いんですが、

自分は弱い
自分は劣等
自分はこわがり

これらも単に確信しているだけです。
なんでこんな、自分にとってかわいそうな事を確信したんですかね?

さらに、

自転車に乗れる
パソコンが使える
車が運転できる
でも、飛行機は運転できない

これも全部確信なんですが、少し違いますよね。


「自分は弱い」
という確信は、言わば無意識に思い込んでいるもの。
いつの間にか出来上がった、自分に対する評価、「セルフイメージ」のことです。

「自転車に乗れる」
とか、それらは意識して出来るようになり、今は当たり前になったことです。


これらはまったく違うものと思っているかもしれませんね。
しかも、「自分以外が存在する」という確信などは、全く違うものと思っていますよね。


実はこれらが自分の脳に確信されていくプロセスは、みんな同じなんです。
誰も、生まれつき
「自分は弱い」
と考えているわけではないんです。
生まれつき
「自分以外が存在する」
と考えているわけじゃないんです。


これらは、後天的に、他者によって与えられたもの。
見聞や経験で刷り込まれていった
「現実」
なんです。

だから、見聞や経験が違えば、当たり前ですが現実が全く違うんです。

世界を見る目は、そういうふうに出来上がりました。