疑う力

昨日、疑いようもない世界のことを話しておいて、今日は、疑ってほしいというお願いです。

疑ってほしいんです。
ぜひ、疑ってほしい。

僕のこのメルマガの内容も、この文字が見えている画面も、この世界も。
まずは疑ってほしい。


なぜならば、それが学びというものだと、僕が思っているからなんですね。

僕らは、教えられたものを、むやみやたらに信じる癖を持っています。
学校教育があったからですね。

自分より、権威を感じる人の言ったこと、自分が信じているメディアからもらった情報を、疑う態度を持つことは、非常に難しい。

先生から授業を教わっていたからです。
ま、お父さんから授業を教わっていたとしても似たようなものです。

権威を疑う癖が、僕らにはないんです。


さて、ここに一人の少年がいます。
彼は、オオカミに育てられました。

そのため、人間を信用する癖を持っていないんです。
むしろ、敵だと思っている。

簡単に言えば、オオカミに教わったからです。


ここまでの話で、何が言いたいのか、大体わかってしまいましたね。

疑う態度は、自分を変えるための、第一前提なんですね。

オオカミ少年がそうであるように、僕らは、育ってきた環境(人、経験)からの影響を逃れることができません。
絶対に、環境(人、経験)から影響されています。

恐ろしいことに、自分は何者であるかを、他人に決定づけられてしまうことさえもあるんです。

もちろん、信じる力も必要なんですけど、信じる力を強化するためにも、信じなくていいものは信じる必要がないんです。


だから、順番としては、

疑う→信じる

これで、環境からの影響を、少なくすることができるはずです。