言葉のつなぎ方の威力

 

何かものを考えるとき、僕らは自然に、自分のルールにしたがった論理を使っています。
論理というのは、言葉と言葉のつながりで意味を作ることと思ったらいいです。


例えば、普段使いの言葉では、
「あいつは働き者だが不器用だ」
というのと、
「あいつは不器用だが働き者だ」
というのでは、うけ取る印象がまったくちがいますよね?

前者は悪口、後者はほめ言葉にきこえます。

これは、言葉の順序を入れ替えただけで、使っている言葉はまったく同じです。
面白いですよね。


他には、
「服を脱ぐ、そして、風呂に入る」
これは当たり前の事ですが、
「風呂に入る、そして、服を脱ぐ」
なんて言ったら意味がおかしくなってしまう。

順番を入れかえただけなんですが。


さらに、
「財布の中には1万円しかない」
と言い出したら、なんだか悲しそうですが、
「財布の中には1万円もある」
と言うのを聞いたら、いいじゃん!と思える。


ね。
言葉のつなぎ方ひとつで、まったくうけ取る印象がちがいます。

つまりね、言葉のつなぎ方で自分の態度を伝えてるんですね。


僕らは、これを自分に対しても行っています。

「俺って阿部寛に似てるけど、髪の毛がなぁ・・・」なんて、
言わなきゃいいのに心の中で言ってるんです。

「(昔はやせてたのに)最近やせにくくなったなぁ」
「どこも悪いところないんだけど、鼻だけ悪くてね・・・」
「仕事はどんどんできるのに、家事ができなくて・・・」

完全に自虐ですよ。
文字にしてみると、本当によくわかるもんですよ、これ。

でも、自虐ならまだいいんです。

「うちの子、サッカーは大好きだけど、勉強がねえ・・・」
「足は速いんだけど、勉強がねえ・・・」

子供といえども、他虐までしないようにしたいものですね。
余計なお世話ですよ。