できんもんはできん!っていう帰納法

実は今朝、気になる事がありました。

僕は今、住宅リフォームの会社をやってるんですが、
この会社を、明日閉めてしまったらどうなるんだろう?

今の売掛のお客様には職人さんを手配しますが、もう請けないんです。
工事を。


そうしたらどうなるか?

・・・・

今と同じかな?

もしかしたら、もっと面白い事ができるんじゃないか?
逆に、苦しみが増すかもしれません。


これを考えていたら、ある結論に至りました。

「ああ、なあんだ。
できないとかできるとか
おかしな世界の見方なんだな」

ってことです。


「できる」と言い切ることができるものは、
パソコンのタイピング
自転車
水泳
など、過去にやったことがあるもの。
つまり、できる気がしているものです。

本当は水泳なんか、小学校の頃ほどできないかもしれません。


「できない」と思っているものは
明日、億万長者になること
明後日、億万長者になること
明明後日、オリンピックの選手になること

こういうことです。

なんか、こんなことを目標にしたところで、ちっとも気が乗らない。
だって、できそうにないんですよ。
できる気がまったくしない。

ってことは、今、現実にできていないものは、過去、「出来る気がしなかった」ってことになります。


ナポレオンヒルを読んで、「俺も億万長者になれる!」ってウキウキしていたのが20年前。
20年もの間、本当は出来る気がしていなかった。
できるかもしれないし、できないかもしれないと思っていました。
20年かかってできなかったことが、明日できるわけがない。

これは、帰納法と呼ばれる推論で、過去の実績をもとに、仮説を立てているんです。
前に話した「噛まない犬」の話の推論方法なんです。

「うちの犬噛まないよ。だって今まで噛んだことがないもん」
っていう仮説は、
「今日、初めて人を噛んじゃった」
っていう例外で、簡単に消し飛ぶんです。


どうして、時間が短いと、億万長者になれそうにないんですかね?

ちょっと気になったんで、書いてみました。
オチはありません。