黒田官兵衛のおじいさんの成功法則

僕の好きな戦国大名に、黒田官兵衛という人がいます。

この方は、秀吉さんとの主従関係で有名なんですが、元は、小寺 政職さんという人の家
来だったんですね。

小さいころから官兵衛は、黒田三十六計という兵法を仕込まれて育ちます。
そのかいあって、小寺家でも、豊臣家でも軍師という役割を担います。

官兵衛の祖父は黒田重隆という人で、大層な軍略家だったようです。

まず、重隆は、家臣を雇うお金を集めるために、目薬を作ります。
その目薬を、広峰神社の販売網を活用して売るために策を練ります。

広峰神社へ直接行っても断られるだけ。
そこで、のちに家臣となる竹森家を頼ります。

重隆を信用した竹森新右衛門は、広峰神社に重隆を紹介。
その時の広峰神社は、護符配りなどで生計を立てており、あまり豊かとは言えませんでした。

そこで重隆は、幼いころ母親に作ってもらった目薬を提案します。
「暮らしがたい世とは申せ、古代より由緒ある広峰様までがとは・・・それなら、こんなことでお力添えになりますまいか?」
「ご神符とともに目薬を売るのでございます」

時代柄、目の悪い人たちが多かったようで、広峰神社側もすぐに乗り気になります。

重隆は、護符配りで全国を売り歩いている広峰神社の窮状を元から知っていて、お金を儲けさせる話を持っていったのです。
断りきれないオファーをしたのです。

そして、その商売はうまくいき、富を手にします。

さらに重隆は、そのお金を、近隣の農民に低金利で貸し出します。
そして、月に二回だけ、竹森屋敷に働きに来ることを条件にします。

農民たちは、どこでお金を借りても五割、六割という高金利を払っていましたので、渡りに船とばかりに、借りに集まりました。
その数およそ300。
あっという間に家臣団の出来上がりです。

すべて、相手の窮状を知り、助けの手を差し伸べることで手に入れました。

重隆は言います。
「恨みを残さぬこと」

相手を喜ばせながら成功を手に入れる、重隆ならではの偉大な物語ですね。