今、異次元を創ろう

現象学では、すべてを「主観」に還元します。
ようするに、自分の心に浮かび上がった世界として、世界を認識し直してみるんです。
世界は心の中に広がっていると。

これが中々むずかしい。
言ってる僕でも、世界は外にあるとしか思えない。

だったら、条件を見直してみよう。

心に広がっているのが世界だとする。
この世界は、僕の言葉で成立している。
つまり、僕の知らない言葉、想像もできない世界ではない。

だとすると、もとから知っていた基準でしか、判断できないことになる。

それはつまらない。
できれば、未来は想像もつかないほど豊かなものにしたい。
金銭的なことだけではなく、経験値という意味でも。

ならば、過去の経験から得られた基準を破棄してみたらどうだろう?

痛みが足を止めるなら、痛みで足を止めることをやめよう。
限界を感じたら、更なる外を目指そう。
不可能を感じたら、「可能←→不可能」なんて小さな枠を設けることをやめよう。

そもそも、痛みとか、限界とか、不可能とかを、どうして実感したんだろう?

痛みは、過去の痛みを参照している。
傷ついた思い出や、誤魔化して心が痛んだこと。
それらを事実として受け入れるのはナンセンスだ。

限界はどうか?
限界も幻想にすぎない。
数学的には無限が証明されている。
だとすると、限界もナンセンスだ。

不可能はどうだろう?
これも、過去の経験をもとにしている。
最悪な妄想だ。

と、条件を洗い出してみると、なんと、過去ばかり参照していることがわかりました。

量子力学パラレルワールドというのは、選択の数だけ世界が存在するとか。
選択の瞬間に、異次元ができあがるんだとか。

異次元を創出するのに、過去を参照してどうする?
我ながら、ばかばかしい考え方をしていたものです。